水月蓉さん原作『EVER AIR』のサントラ盤 妄想VER

2008.11.25(10:56)
>欲しいのはここの、外から鳴り響く音じゃない、答じゃない、それらを実行したり見出したりする、ここの、内の音、声、私からの力なんだ。そしてそれは誰か他から享受できるモノではないというのを知っている。自分でなんとか調達するしかないモノだと解るんだ。


という一説を含む水月蓉さんの『EVER AIR』。
音の方面でと予告していたのは、実は音に関する表現の分析ではありませんでした。
なぜかというと、この『EVER AIR』には、驚くほど「音に関する記述」が少ないのです。


ためしに少しピックアップしてみましょう。



○何冊かレジ台に置きっぱなしにしてある文庫本に手を伸ばそうとした時、急に店の戸がガラリと開いた。

○店のトイレには案の定、盗撮用のカメラが仕込まれていた。店にはトイレが一つ。
謎は解けた。ピキーン。

○明らかに少女を標的にした卑猥な犯罪を誘発せんばかりの萌え〜な嗜好で、鼻

○関われば、重なり合えば、まるでそこから腐った膿の様に嘘とハッタリと厭らしい欲が流れ出てくる。
そのドロリとした厚ぼったいヘドロ状の膿に押しつぶされて呼吸は苦しくなってくる。

○チラチラとふらつきながら青白い光を落とす街灯の列に沿って歩く。

○そんな轍の中で不安定にゆらゆらと遭難したまま、細々と逆走せざるを得なく這う様に生きている。

○建物の裏手の方から「ドッ!!!!」と言う、鈍く響く様な、大きな音がした。一瞬の音だった。

○その音を聞いた瞬間、暗い目元の奥にある眼球を見開いて動きを止めた。3秒程空間が静寂に満ちた。

○青年は人間の形をした真っ黒い穴の様だった。青年の声はどこか電話の時報案内の様に機械的であった。


といった具合。音そのものを表現しようというよりは、情景や心理から音楽を感じさせようというスタイルのようです。
なので、そこでの「音の表記」にこだわるよりは、作品全体から感じ取られる「音楽性」を表現したほうがよさそうです。

ということで、酔芙蓉へのコメントでも、「60〜70年代ブリティッシュロックが頭の中に流れます。」といった趣旨のことを書きましたが、その後、何度も読み返してくると、徐々に作品が頭の中で映像化されて、そこには別なタイプの音楽が流れるようになって来ました。
それは、あたかも一編の映画を観るような体験で、透子の登場シーンには透子専用の動機を持った音楽が、映二にはまた別な音楽が、というように登場人物にそれぞれ別な音の衣が着くようになって来たといったほうが正しいのかもしれません。

たとえば、透子の語る自分語りにはハープの音色が、映二の独白にはヴァイオリンの音色が寄り添うような形です。

そして、大してそろっていない我が家のCD棚から、それらの音色と気分を表すメロディを探す旅に入りました。
少々予告から時間がかかってしまったのは、水月さんの作品を読み返しつつ、頭の中の音と実際のCDの音とを引き比べながらはまるピースを探すジグソーパズルのような作業だったからです。

ということで、ようやく完成したのが、サントラというと少々序列がついていない曲集ですが、葦野の感じた『EVER AIR』楽曲集をご披露したいと思います。


では、スタートしますが、実は、ほとんどの楽曲がクラシック畑であるということをあらかじめお伝えしておきます。
何度読み返しても、頭の中に鳴り響くのはシンプルな楽器構成のクラシック音楽ばかりだったので仕方ありません。


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透子のパート

透子のための音楽は、硬質で湿気の少ない弦楽器が合うだろうなと思いました。
そして、ポルタメントなどの余分な感情表現を負荷しない絶対零度に近い響きも出せる楽器。
もちろん人間的な温もりは欠かせませんが、しかし、湿度温度の低さが欠かせない要素です。
という前提で音を探しているとハープにたどり着きました。

今回探し当てたのは吉野直子さんのソロソナタ集。

透子のテーマに当てたのは
マヤーン 『ハープのためのソナタ』です。
全4楽章からなるこの曲は、「不安」「闇」「暗がりの中の微熱」「静けさを破る破裂」「放置される安らぎ」「揺れる心音」「ペディキュアの剥げた爪」「孤高」「メンソールタバコ」「握りこぶしを押さえ込んでいる破壊神」などの音を含んでいます。
まさに透子のための音楽。

そして、映二との出会いによってより緊張が高まるところで第4楽章に至ると、そこからはフーディの『ハープのためのソナタ』に替わります。
ここでは「少しの光明」「孤立と孤立の間にある少しの安堵」「すぐに太陽を隠してしまう黒い雲」「妖しい期待」「温もりの欲しい冷たい掌」「激しく求めてしまう掌」「走る走る走る」「走らされて苦しくてでも止まれない」「突然の転落」「規則正しい横断歩道の模様」「音が届かないガラス窓」などが含まれていて、映二と少女を探し回るときの透子の心理が音像化されているように思うのです。

その透子が少し落ち着きを取り戻したあたりでは、少々透子に対する作者の目線が優しくなります。そのあたりは読みながら頭の仲に流れる音楽も、少し手厳しさを取り下げるので、C・P・Oバッハの「ソナタト長調」が気持ちを洗ってくれるのです。
このバッハの音楽の成分は、「考えている」「思っている」「回想をしようとしている」「ひとりも悪いなんて思えない」「手を使うことで別な世界を持ってこようとしている」「誰もいなくてホッとしている」「温かなものが食べたい」「髪を洗ってさっぱりした」といった雰囲気の音です。

主にはマヤーンが流れますが、その合間にフーディとバッハが彩りを変えながら流れるという具合で透子の音楽となります。



映二のパート

どうやら水月蓉さんのイメージしている映二は一重瞼。
ということで、一重瞼の男性の演奏家探しも視野に入れてみたところ、目指す武満徹作曲の『悲歌』を演奏している天才ヴァイオリニストにぶち当たりました。
彼の名前は五島龍。これまた天才少女として世界にその名をとどろかせた五島みどりさん(彼女も一重瞼)の弟です。
その五島龍さんのデビュー作は、これまたやたらとダークな色調の並ぶ名盤でして、天才と呼ばれたヴァイオリニストのデビュー盤に欠かせない作品も含まれていますが、単なる人気者路線ではない剛健部分が色濃く出た作品集です。
そしてヴァイオリンの音と映二というのは、色彩感豊かな楽器であると同時に、やはり琴線をさまざまにかき鳴らすという映二の心理を表すには弦楽器でしかも透明感を出すためには高い音が出せる楽器と考えてヴァイオリンに至りました。
五島龍さんの音は、繊細さもたっぷりありしかも楽天的には響かない厳しさを持っています。

今回、この中から4曲を映二のテーマ曲として選んだのですが、まずは最初から頭の中に流れていたのが武満徹の『悲歌』。
この曲に含まれる音は「描かされてしまう衝動」「頭の中でチラチラと蠢く映像」「一定のリズムで動けない振り子」「眼を塞ぐ両手を解こうとするたくさんの手」「不安げに不気味に悲しい表情で」「きちんと立っていようと思っても崩れてしまう脚」「涙の流れない泣き顔」「手動式の噴霧器」「触れると崩れ落ちる砂糖菓子」「重なって凍っている魚」「厚い雲にかすかに赤味を感じさせる太陽」「汚い黄色の打撲の跡」などです。
単に「不安」とか「悲しみ」なんて言葉では言い表せない映二の世界は、こんな音楽が寄り添うといっそう深みを増すような気がします。

次に、生い立ちを語る映二のバックにはラベルの『ツィガーヌ』を感じました。いきなり孤立を歌いだす厳しい曲ですが、映二が送ってきたこれまでの人生を語るには、やはり厳しい音が欠かせません。ひたすらに「痛み」「孤立」「放置」「極寒」「磁石のN」「カエルの屍骸」「一本松」「片方だけの靴」「回送電車」「水溜りに映る月」などが音の中から思い浮かびます。
後半部分でハープが絡み、オーケストラがその不安な気持ちをより高めていって、描く絵が重なるたびに悲しむが深くなる姿に届いていきます。

絵を描く映二の姿に重なるのがルトスワフスキの『スビト』です。
「あせり」「切迫」「必死さ」「頭の中を振り絞る」「白い絵の具」「折れた筆」などが、バランスよく含まれているのですが、映二の中で一瞬にして見えてしまった映像を、手を動かすのさえもどかしいほどに書きなぐり、そのつど自分の絵に驚き、不安を感じ、さらにまた書き継いでしまう映二というのは、まさにこの曲の構成がぴったりです。

そして、映二の祈り。
これはヴィターリの『シャコンヌ』です。
オルガン伴奏で自分自身の中に沈み込んでいきながら祈る姿は、「孤立無援」そのものの「祈り」です。「誰からも理解されない苦しみ」と「それでも理解されたい切望」、そして「諦めない意思」が「やはりだめかと思う気持ち」と交錯していきます。
その中で「一筋の光」が透子との出会いであるのか、徐々にその出会いで気持ちが高まり祈りの純度が高まって行きます。



今度は吉崎。
やはり異質で同根な吉崎は、萌え〜でもありますのでクラシック音楽から少し道を外します。
ここではようやく60年代ロックを登場させましょう。
音が浮かぶのは鬼才しか集まらなかったソフトマシンです。
吉崎のテーマとなるのは『Joy Of a Toy』。
テキトーに生きているのは、自分の中にあるどす黒い血のうねりをいかんともしがたいからであり、その衝動が噴出すともはや制御不能なので、反作用として弛緩するとただのアイドルおたくに化けてみせる、なんてあたりが感じられます。
孤独が破裂して暴走する激しさは、トリオ編成のこの荒々しいジャズ系プログレシブロックが合いそうです。

そしてどんどん壊れていく吉崎の裏側では、同じソフトマシンのセカンドアルバムから『Fine Engine Passing with bells clanging』が流れています。
メッセージは「どんどん壊れていく」「首を絞める」「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」です。
この激しさをもってしても打ち砕かれて斃される吉崎。鎮魂は不要な破壊神。


そしてもう一人の主要登場人物が少女。
少女の音像はその健全な息吹から吹奏楽器を選びました。
息を吹き返すという彼女の出番が常に念頭にあるからなのですが、映二の絵の中の少女もまた生と死がその呼気によって左右されるフルートの音によりマッチすると考えました。

ということで、最初に音を感じるのは映二の絵の中の少女です。
この部分の音はドビッシーの『シリンクス』。フルートを演奏するのは、ジャン・ピエール・ランパルという名手の盤です。
この曲は短調とも長調ともつかない千々に乱れる曲で、「生と死を分かつラインが見つからない」「微動だにしない死んだふり」「うそつき心臓」「ドーパミン」「アドレナリン」なんてあたりのイメージが流れます。

そして少女が発見されて息を吹き返すまで。
これは、マルティヌーの『フルートソナタ』にしました。
アダージョの部分では「不安」「期待」「絶望」「諦念」「焦り」「動悸」「冷たい汗」「折れたミュールの踵」などが含まれ、花火の光と音がかぶさってより少女の白い頬が引き立つように感じます。
「アレグロ・ポコ・モデラート」が命の復活を表す部分。
「光明」「命の復権」「空気で膨らむ胸」「背中の下の砂利」「快活」「生命力」「生きる喜び」「生きる驚き」「まん丸な火花」という要素が快活な「キレー」という少女の声にはまりそうなのです。


今度は回想の中の二人の両親。
これはダークな音しか合いそうにありません。
「悲惨」「甘さのない痛み」「愛情を折る」「花が散る」「不審」「不覚」「逸らした目線」「葬送」「日没」といった要素を含む音と音楽。
ここでは政争と音楽の相克に耐えたショスタコーヴィッチの曲を選びました。
ヴァイオリンよりも太くて厳しい音の出る楽器であるヴィオラのソナタの第三楽章がそこにはよく似合いそうです。
ヴィオラを弾くのはキム・カシュカシャン。エレジー系を弾かせたらピカイチの美人ヴィオラ奏者です。


ずいぶん長くなってしまいましたが、最後はエンディングテーマ。
ここはハッピーエンドといえるのか難しいところで、そのあいまいな夕暮れのようなシーンにふさわしい音楽ということで、最後はアコースティックギターとつぶやくようなボーカルでエンドロールを見つめようかと思います。
曲はニック・ドレイクの『Place to be』。
「在るための場所」と題された早世の天才の遺した名曲で、二人の道行きのその先にある場所をエンドマークの向こう側に見ようという趣向です。


とまあ、構想してからずいぶんかかりましたが、こちらもこれにてとりあえず完結。
次は、蓉さんの新作を待つばかり、というところでしょうか。

どの曲もそれなりに探せばきちんと手に入ると思いますので、ご関心のある方はぜひお試しください。
映画化が現実のものになったら、是非にもこの妄想版サントラも検討材料にしていただきたいものです。



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年齢は同い年の犬猫は全て死滅するくらい生きている
好きな場所は水辺で月が臨める所
好きな花は酔芙蓉
好きな画家はオデュロン・ルドン
好きな画家2はラボー・カラベキアン
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