らしさにあふれたEVER AIR 水月蓉さんの陰陽の使い分け

2008.11.08(16:14)
前置き

ということで、ようやく水月蓉さん初(公表されたという意味で)の長編小説『EVER AIR』についてまとまった記事を書いてみようかと思います。
といっても、水月蓉さんの深い意図とさまざまな創作上の工夫の前に、1回の記事ですべてが分析・評価できるものではなく、何度かに分けてということになろうかと思います。

ということで、今回の切り口は「陰陽」です。

陰陽というと、陰陽師、と応えられてしまうとずいぶん異なった方向に向かってしまいますので、とりあえず定義しておきましょう。

陰陽(Wikipdia)



ここからあえて引用したいのはこの箇所です。

「森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。

重要な事は、陰陽二元論が善悪二元論とは異なると言う事である。 陽は善ではなく、陰は悪ではない。あくまでこの世界を構成する要素に過ぎず、両要素は対等、同等である。」

そう、『EVER AIR』には対等で同等な陰陽が見事に配されているので、その物語がしっかりと立ち上がってくるのです。



夜の導き


ということでようやく本編に入ります。
このお話は不思議な縁で結ばれた透子と映二の物語ですが、まさに蓉さんらしさに溢れた作品であるといえるでしょう。
そんな、らしさ、をまず象徴するのが「夜の導き」であるように思います。

蓉さんは以前から「夜が大好き」とおっしゃっていました。
それを証明するかのように
◆ EVER AIR@(前) 2008/10/16 03:18

◆ EVER AIR@(継続) 2008/10/22 03:33

◆ EVER AIR@(臨終)〜透明度無限大の視界0〜 2008/10/29 02:09

というように3回にわたる連載の更新時間はまさに夜です。
真夜中というにふさわしい時間帯を突っ走るように書き込んでいるのです。

もちろんこの分量をたった一夜で一気呵成に書き上げたというわけではないでしょう。そんなことは栗本薫でもない限り不可能でしょうから、夜に夜を接いで書き綴られたものでしょう。
どちらかといえば、夜の精霊の力を借りて書き上げたであろうことは、物語の流れの見事さや力強さから見ても疑う余地はないでしょう。
夜が好き、というのは夜の力を受け取ってそれを自身の背中を押す力に変えられる能力を持ち備えていることの現れであるのです。
夜の導きによって蓉さんの中にある物語がスルスルと引き出されていったという姿が目に浮かびます。



「暗闇」が印象的な作品


『EVER AIR』では暗闇がとても効果的に描かれています。
透子の生い立ちにも映二の生い立ちにも暗闇が存在しますし、能天気そうな吉崎にもその背後に大きな暗闇があります。
そうした人物描写とは別に、透子の働く時間帯も暗闇が主役の真夜中ですし、ライトの光もろくに届かない大橋の下で少女を発見する件もやはり暗闇の中。

ひとの中に必ず存在する暗闇が濃ければ濃いほどに、光を求める欲求は強くなっていきます。
その表現形式をいかに生きるかといえば、透子は真夜中の職場と常に繰り返している自問自答に、映二は暗闇が支配する視覚言語野の中に浮かぶ人の死に姿に求めていますし、吉崎は幼女さえ毒牙にかけて変態性欲を満たすことで求めています。
登場人物がどれだけ立体的で人間臭くなっていくかは、まさにこの暗闇の表現にかかってくるのですが、きちんと見事な手腕でそれを見せてくれているあたり、本当に「文学少女からの引退」作品なのだなと思うのでした。



陰陽の見事さ


暗闇は言い換えれば「陰」。冒頭に書きましたように陰陽の組み合わせで言えば「陽」はどうでしょうか。
陰陽の見事な組み合わせで言えば、少女の甦生するシーンが最も印象的です。
橋の下の暗闇の中に浮かぶ少女の浴衣の金魚帯と白い顔。
そして盛大に上がり始めた花火の華やかな煌き。
暗闇をさまざまな光が引き裂きます。

花火の刹那の輝きと息を吹き返した末永いであろう少女の生の輝き。
同じ陽でもこうした対比が現れ、生と死を分ける瞬間に飛び出す純朴な少女の「きれー」というつぶやき。

陰と陽、明と滅、影と光、死と生、刹那と永遠

この陰陽長短大小入り混じった対比の中で、物事は単純な二元論ではなく、生きることで生かされるもの、死にゆくことで生を生むもの、生まれることで死を打ち消すものなどなどと生の明滅のありようの豊かさがものの見事に表現されているのです。

この対比の妙に見事さに、葦野なんてガツンとやられてクラクラしてしまったというわけです。

もちろんこの陰陽の見事な描写は全編にわたって貫かれています。
何気なく透子のエピソードの登場人物の一人であるように見えていた吉崎が、最初から最後まで絡んでいくのは、そのエピソードの中に潜ませてあった陰陽のバランスよい伏線のおかげでとても立体的になっています。
そこに映二の特殊能力が絡むことで、この物語が一体感のある一幅のタペストリーとして縫い上げられているのです。

陰陽の伏線という意味では透子の母の死にまつわるエピソードなど、巧みに死者と生者の書き分けがあり、同様に映二にも彼の物語の中で語られることで、「陰」の側から生れ出てきた二人の生き方の重なりが描かれています。


無駄のない構成の見事さ


『EVER AIR』の見事さは、引っ掛かりなくただ流れるだけの文章がほとんどないということにも見て取ることができます。
縦糸と横糸が見事に調和して引き締まった布地ができているので、そのキャンバスに描かれた物語は、なにより生き生きと描かれていると言っても過言ではありません。
さまざまな配慮に絡め取られてしまった読者は、もはやわき目も降る余地なく物語のゴールになだれ込んで行くしかないのです。

この構成の見事さは、頭から書き始めて、最後の行を書き終わったら終わりという小さな物語の書き方では実現不可能です。
しっかりとプロットを構成し、人物に肉付けをし、すべての流れをきちんと決めたところで小さなエピソードを書き接いで仕上げる、という作業ができなければ書けない作業なのです。

この「構成」する力とは、たくさん書き散らすだけで身につくものではありません。
ましてやさまざまに実験的な手法も盛り込みながら物語としての破綻を見せない描写能力も備えていなければなりません。

その作業ができるのは、上質な先達の作品を浴びるように読みつくし、むさぼり尽くして吸収して自分自身の書きたい物語が自分の言葉で焦点を結ばせることのできる人だけです。

その意味では、よくある若い作家志望のタレントさんや似非文学少女がまぐれ当たりを生み出すビギナーズラックのような作品ではなく、これからも同等あるいはそれ以上の品質の作品を書き続けていけるだけの実力を水月蓉さんが備えていると葦野は断言します。

『EVER AIR』に関しては、まだまだ書きたいことがたくさんあります。
うまく時間を作りながら、いろんな角度から水月蓉さんの紡いだこの珠玉の作品について、いずれ語らせていただこうと思います。

その前に、蓉さんの次の作品が発表されてしまうかもしれませんけどね。



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<<未完成(み・mi) 水鏡−水月蓉語辞典 | ホームへ | 詩のサンドイッチの回帰効果 EVER AIRに隠された罠>>
コメント
葦野さん、こんばんは。

私、先ほどアップした自分のブログ記事に
書きましたような事情(?)で、
先ほどようやく読ませていただきました。

橋の下と花火の印象的なシーンに代表される
対比効果の鮮やかな手腕を、「陰陽」という
切り口できれいに整理しているところが
葦野さんならではだと感心頻りです。

「まだまだ書きたいことがたくさんあります」
とのことですので、ぜひとも連載化を期待して
おります(^_^)
【2008/11/09 19:50】 | kk #- | [edit]
kkさん
いつもコメント&トラックバックありがとうございます。
視覚的なニュアンスがとても見事に書き分けられている『EVER AIR』は
読みどころ満載で何度読んでも飽きません。

ついつい絆されて仕事がおろそかになりそうです。

【2008/11/10 10:38】 | 葦野 #- | [edit]
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【2008/11/09 19:53】
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性別は男
生まれ月は文月だから文章を書く
年齢は同い年の犬猫は全て死滅するくらい生きている
好きな場所は水辺で月が臨める所
好きな花は酔芙蓉
好きな画家はオデュロン・ルドン
好きな画家2はラボー・カラベキアン
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好きな写真家はロバート・メイプルソープ
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